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企業情報
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生い立ちから学生時代
出身はすごい田舎なんです。どの位田舎かと言うと小学校全校生徒が6、70人位。僕の学年は多い方でしたが、それでも16人位しかいませんでした。現在は、更に人数が減って廃校になっちゃったんですよね。
自然の多い田舎だから元気いっぱいに過ごしていたかというと、実は全然そうでもないんですよ。どちらかと言うと科学系の子供だったので、外で遊ぶというよりは家の中でガンプラ(ガンダムのプラモデル)とか作ってましたよ。ただ、結構作ったんですけど、手先が不器用だったと言う事もあって、正直あまりハマらなかったですね。なので、中学校でパソコンに出会ってからは完全にこっちに夢中になりました。

当時、世間はファミコンで盛り上がっていたんですけど、正直僕はそこまでハマらなかったんですよ。というのも、モノを作るのが好きだったのでただ与えられたもので遊ぶだけよりも、ゲーム自体を作る方に魅力を感じていましたね。だから当時はプログラムの雑誌に投稿とかもしてましたよ。載ると何万円かもらえるんですよね。おかげで高校時代は、ゲームばかり作ってましたね。その流れで、情報系の大学に入学して演算回路とか、プログラミング言語理論、DB、通信プロトコルとか、そういった基礎部分を学びましたね。
ボランティア活動
大学時代は大きなボランティアサークルで4年間、ボランティア活動してました。手話をやる人もいれば、点字やる人もいたりして・・・。そんな中、僕は様々な事情で両親と住めなくなった子ども達が集団生活している施設で、家庭教師みたいな事をしていました。結局は子ども達とプロレスとかして遊んでたんですけどね(笑)
就職活動について
中学時代からプログラムをやっていたので、正直他の人から比べると結構自信があったんですよ。それで、大学4年生になったときに畑先輩(現:サイボウズ・ラボ株式会社代表)に出会ったんです。その時彼のプログラムを見て愕然としましたね。この人には努力しても絶対に勝てないと直感で感じましたよ。衝撃的でしたね。そこでコンピュータの道を諦めて普通に就職しようって事で松下(松下電工株式会社)に入ったんです。

社会人になってから
入社1年目は結構真面目に働いていました。まずは会社というのがどういうものなのかを知らないといけないし、何もかもが勉強なのでごみ当番から始めました。
当時僕は技術営業という形で、野球場にある様なスコアボードを売る仕事をしていたんですよ。なので1年目は上司に教わりながら、言われた通り真面目に仕事をしていました。2年目位からは要領も大体分かってきて真面目に働いてはいたんですけど、正直評価されてる感じがあまりしなかったんですよね。そう思うようになってから、ちょくちょくサボりはじめました(笑) まぁ、僕が頑張らなくても周りが頑張ってくれてるからいいかな・・・みたいな(笑)僕の場合、他にも社内システム管理のような仕事も兼任してたんですよ。ケーブル張ったり、パソコンにソフトをインストールしたりとやってたんですけど、他の社員にはこの作業がどの位難しいのかとか、どの位意味のある事なのかとか全然理解してもらえないわけですよ。だからサボってても、上司は僕に注意しにくかったと思いますよ(笑) 中でも、一番ひどかったのは電話に出たくない日は「今日サーバの仕事があります!」って言ってサーバルームにこもってたこともありましたよ(笑)
当時、社内でグループウェアを導入してみたんですよ。結果は、簡単に言うとあまり使われず失敗でしたね。当時システム担当をしていた僕にとっては結構ショックでした。自分は良かれと思ってたのに、使ってくれない。「誰の役にも立ってないんだ・・・」そういう挫折感を味わいました。そんな中、入社2年目の終わりくらいに社内ベンチャー制度というシステムができたんですよ。立候補すると、場合によっては子会社を作らせてくれるという制度でした。このままだと堕落した人生を進んでしまう・・・なんて考えていた時期でもあったので、社内ベンチャー制度と聞いて「お!これは呼ばれてる気がするぞ!」と感じました。
早速事業計画を書いて応募した結果、認めてもらえて、同じ様な事業計画をだした10人のメンバーと一緒に会社を作りました。なので、入社3年目は自分達で設立したベンチャー会社でシステムインテグレーションの仕事をしました。仕事内容はお客様のシステムの構築で、まだインフラが整ってない時代でしたから、メールサーバを導入しましょうとか会社のwebサーバを立ち上げましょうとかそういう仕事でした。確かに、自分でシステム構築するのはやりがいもあって、すごく面白かったですよ。
そこでは結構頑張って働いてたんですけど、今度はソフトウェアがやりたくなってきたんですよね。確かに、自分でシステム構築するのはすごく面白いんですけど、やっぱりソフトが好きなんですかね?将来はソフトを作って、ソフトをたくさんの人に提供する様なビジネスをしたいと考えるようになってきたんです。そうなると、いてもたってもいられないのでソフトを作れる人を探す事にしたんです。そこで畑さんに声をかけたら二つ返事で、「いいよ」って言うもんですから来てもらいました。ただ、システムインテグレーションの為に作った会社でソフトウェアを作るというのはなかなか他の人には理解されなかったので、畑さん含め3人で松下の子会社から抜けたんです。当時は勿論資金なんてありませんから、自分達の貯金全部と親の協力をもとに2300万円の資本金を集めて新しい会社を立ち上げました。それがサイボウズの始まりです。
起業場所
正直、大阪で事務所を借りるのは資金面から難しいなって思ってたんですよ。それに、基本的には[ソフトを作ってインターネットで売る事業]と考えていましたから、インターネットが繋がっていたらどこでも可能だし、自分が愛媛出身だしと。そこで、愛媛でマンション借りて始めたのがスタートですね。

起業時コンセプト/ビジネスモデル/開発期間
起業当時からコンセプトは変わってなくて『webのグループウェア』だったんです。
松下時代のグループウェア導入失敗経験に基づいて考えていくと、大企業だと反乱を起こす部門、つまり会社が導入するメジャーなグループウェアに反対する部門が、5部門に1部門位はいるんですよ。松下時代にそれを見ていたので、そこをターゲットにしました。
彼らはインターネットを良く知ってるからダウンロード販売でも買うだろうし、コンピュータの知識もあるから自分で作業もする。だろうと。
それに、値段が安かったら必ず買ってくれるっていう確信があったんですよね。
開発期間は短いですよ。松下辞めるちょっと前から作り始めたんで6、7月位からですからですね。8月8日に起業して、9月9日にβ版をだして、10月10日に発売開始しました。ゾロ目ゾロ目なんですけど(笑)
結果としては、「サイボウズ Office」というソフトが、中小企業を中心に売れていきましたね。僕は大学卒業してそのまま松下に入社したので中小企業の事情を実はよく認識していなかったんですよ。それに、最初にイメージしていたお客さんは大企業の部門でしたからね。コンピュータに詳しい同じ様な考えの中小企業さんが10社に1社はあったってことなんだろうと感じました(笑)
起業時の収入源
会社立ち上げてから半年は給料をもらってないんです。ちょろっと残ってる貯金で生活はできるから、まずは会社を大きくしようぜって感じでした。当時は正直怖さはあまり分かってなかったですね。立ち止まらず、必死に走っていたので怖さを感じる余裕すらありませんでした。それになんとかいける、という根拠のない自信がありましたし、若気の至りですよ(笑)

大切にしていること
一つは誠実な会社であり続けることです。
起業してからネットバブルが2回くらいありましたけど、そういう時期って必ずと言っていいほど、甘い話があるんですよ。うちはそんな甘い話にはなんとかだまされず、一歩一歩やってきました。そして二つ目は社外に対しても社内に対しても嘘は言わない事です。まぁ仕事してると嘘を言いたくなるときも勿論ありますよ(笑) 業績が悪かったら言い訳もしたくなりますし、寝坊したら今日風邪ひいて・・・って言いたくなることもありますしね。でも基本的には嘘は言わないですね。サイボウズは真面目な会社なんです。
前のインタビューは株式会社アロワーズの大塚社長

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